自然・風俗習慣

普賢岳
平成2年(1990年)11月17日、約200年ぶりに普賢岳が噴火しました。山頂付近から2本の煙が立ち上がり、しばらくすると町に火山灰が降り始めました。
平成3年(1991年)5月には溶岩ドームが現れ、火砕流が発生しました。同年6月3日には、それまでにない大火砕流が発生し43名が亡くなりました。火砕流だけでなく土石流の被害もあり、島原市や深江町では警戒区域や避難勧告区域が決められました。
噴火が治まると、町の復興に向けていろいろな活動が行われ、災害防止のための砂防ダムや導流堤なども建設されました。後に溶岩ドームは、「平成新山」と名づけられました。
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島原大変
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ジオパーク
美しい自然や学術的価値をもつ地層を用いて、その土地や地球の成り立ちを楽しく知ることができる自然公園のことです。
島原半島は地球科学的な特徴が認められて、2009(平成21)年8月22日『島原半島世界ジオパーク』として、有珠山・洞爺湖(北海道)、糸魚川市(新潟県)とともに日本最初のジオパークに認定されました。
貴重な遺産を保護しつつ、それらを教育や科学振興、地域の観光事業に役立て、地域経済の活性化を図っていくこともジオパークと共存していくうえでの大きな課題です。
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地名・方言・民話
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みそ五郎
昔むかし、西有家でいちばん高い高岩山に大きな男が住んでいました。
この大男、人が良く、力持ちで、誰からも好かれ、みそが大好きで一日に四斗もなめていたのでみんなから「みそ五郎やん」と呼ばれていました。
みそ五郎やんは村人たちの畑仕事の手伝いをしたり、山を切り開いて、畑を造ったりしてみそを分けてもらってくらしていたそうです。
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ろくべえどん
今から200年ほど昔に、普賢岳で大噴火が起こりました。深江村の名主だった「六兵衛さん」は、甘藷を干して粉末にし、お湯でこね、うどん状にしたものをだし汁で食べる方法を考え出しました。この食べ物は瞬く間に村中に広まり、その当時の食糧難を彼の知恵で乗り切ったと伝えられています。今でも、郷土料理として多くの人に親しまれています。
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まつり
南島原市には、人々の暮らしや信仰に根ざし古くから行われてきた「温泉神社例大祭」や「夏越祭」「秋祭り」などの伝統的な祭り・行事があります。その際奉納される「浮立」や「先踊り」などの郷土芸能も伝承されています。
また、南島原市には、旧8町から続いてきた住民の親睦や交流のための祭りやイベントもたくさんあり、「原城一揆まつり」や「みそ五郎まつり」、「マリンフェスタinくちのつ」など、大勢の人でにぎわいます。
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その他
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